日本木彫芸術文化財団 活動報告 

飛騨の匠が残した平和への祈り  都竹峰仙

日本木彫芸術文化財団では、作家が作品に託した真摯な想いと遺族の願いに添えるよう全力でサポートいたしました。三体の彫刻の寄贈先は、広島、長崎、そしてアメリカしかないと考えました。
高山市長のお取り計らいで、日本木彫芸術文化財団・白井理事長が2011年7月29日、長崎市長へ「風神」像を寄贈し、長崎原爆資料館内展示が決まりました。広島へは8月23日に「新世弥勒」像を寄贈しました。さらに、10月20日には「平和の女神」像が海を渡り、アメリカのニューヨークにある国連本部に寄贈されます。
この活動を通して、木の国「日本」を思い起こす機会をより多く創っていくことが私たちの役目だと思っております。
三体の彫刻の来歴を以下にご報告いたします。

都竹 峰仙
日本木彫芸術文化財団がある飛騨には、古来より育まれてきた木の文化が連綿と続いております。
かつて飛鳥や奈良の地でひたむきに都の造営にその腕を奮った匠たちの歴史は、千数百年後の今もなお、飛騨地域のあちこちでその技が受け継がれています。
そんな飛騨の地に、心で仏像を彫るといわれた一人の工匠がいました。
その名を都竹峰仙(つづく・ほうせん)といい、平成11年3月11日に亡くなるまでに、数々の作品を遺しています。
今年、2011年3月11日はまさに峰仙の十三回忌にあたる命日で、遺族が手を合わせた直後に東日本大震災の発生とともに大津波が発生、さらには原発の事故も起きてしまいました。
放射性物質による汚染のニュースを耳にするたびに、峰仙が生前、反戦反核をよく口にしていたことを遺族は思い出したそうです。
峰仙は修業に出た東京で、終戦間際に空襲に遭い、生死の境を彷徨いました。
終戦後すぐに生まれ故郷の飛騨高山に戻った峰仙は、一体の彫刻を彫りました。
彫像が乗るのはきのこ雲で、その下の台座には渦巻く激しい波が彫られています。
爆撃に遭った体験と、広島・長崎の原爆による被害を知った峰仙はその後、数体の作品を彫り上げ、そのうち「風神」、「新世阿弥」、「平和の女神」の三体が遺族の元に残りました。
遺族は東日本大震災と峰仙の命日、そして今年が峰仙生誕百周年であることがどこかで繋がっているように感じたそうです。
そこで、三体の彫刻を日本木彫芸術文化財団に寄贈することを決心しました。
日本木彫芸術文化財団では、三体の彫刻を広島と長崎、そして国連本部へ届けることで、平和の守り神になってくれたらと考えました。
日本木彫芸術文化財団の働きかけで、一個人としてだけでなく、高山市もバックアップすることとなり、それぞれの場所に届けることが決まりました。
飛騨の匠の切なる思いが世界中に広まり、地球規模の平和を守ってくれることを遺族は祈念しています。



戦後すぐに彫られた作品。
国連へ寄贈される彫刻の原形と
なった作品でもある。

国連本部に寄贈される
「平和の女神」

広島に寄贈された
「新世弥勒」

長崎に寄贈された
「風神」

写真左より
都竹峰仙の義理の娘 都竹和子さん
國島芳明高山市長、白井理事長

田上富久長崎市長と白井理事長

松井一實広島市長と白井理事長夫妻

都竹峰仙彫刻寄贈の流れ
2011年3月11日 東日本大震災。都竹峰仙13回忌。遺族が彫刻寄贈を決意。
2011年7月16日 遺族が3体の彫刻を公的機関へ寄贈。高山市長立会いのもと、日本木彫芸術文化財団に寄贈。
2011年7月29日 1体の彫刻「風神」を日本木彫芸術文化財団から長崎市へ寄贈。
2011年8月23日 1体の彫刻「新世弥勒」を広島市へ寄贈。
2011年10月20日 1体の彫刻「平和の女神」を国連へ寄贈。
2011年11月18日 遺族と日本木彫芸術文化財団から高山市長へ3体の彫刻寄贈完了の報告。

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