日本木彫芸術文化財団

日本木彫芸術文化財団の趣旨


東日本大地震という未曾有の大災害を迎えた現在、日本人として、これを如何に受け止め、今後どのように生きるかという根源的な生き方を問いかけられていると受け止めているのは、私の穿ち過ぎなのでしょうか。
少なくとも確かに、経済も発展し、私たちの生活も格段に便利になるだけでなく豊かになって参りました。その一方で、余りにも経済の生産性や富の追求にのみ突き進み、結果として、自分さえ良ければ、我が社の発展こそと競争社会のシステムのみが一人歩きし、ギスギスとした潤いのない社会となってきました。
 このような風潮や、社会意識を大きく転換させる原動力こそ、人間らしさや優しさの発露に象徴される、本質意識の気付きのメッセージの発振であり、その手段として、芸術、文化が重要な役割と観じています。
今こそ私たちは、自然の仕組みを大切に、生き、生かされている感謝の思いや、調和された人間社会への気づきのメッセージを、古来より育まれてきた伝統工芸、木彫の文化を通して、それぞれが自分の生きるという役割に目覚め、気づいていただくことを大切に、作家も、鑑賞者も共に新しい人間生活の提案を目的に、私ども「日本木彫芸術文化財団」は設立されました。

 前回迄根付公募展として作品をお寄せいただいて参りましたが、日本の伝統工芸としての基盤を確かなものにする為、昨年「日本木彫芸術文化財団」を設立し、本年より財団主催の芸術祭の一環として、皆様の作品をお寄せいただくことになりました。
この芸術祭の目的は、現代木彫アートとしての作品を推奨と、その作品を手がける作家の育成にあります。すなわち、現代における「用即美」としての根付であります。私どもの趣旨をご理解いただき、ぜひ挑戦してみて下さい。

皆様の応募を心よりお待ちしております




日本木彫芸術文化財団
理事長 白井 常雄
日本木彫芸術文化財団設立の趣旨を教えていただけますか?

以前、高円宮憲仁親王殿下のご意向で、ジャンルを超えた若い芸術家たちの支援を目的に、芸術文化交流の会を15年間お手伝いをさせて頂いておりました。その経験を生かして、自然のサイクルを上手に取り入れた日本固有の伝統文化を守り、世界に発信していきたいと思うようになったのです。
そう考えたとき最初に頭に浮かぶのが木の文化です。日本は木の国で、人々は古来から木を生活に取り入れて、木と共に生きてきました。そこから木の文化が育まれていきました。
日本の木には魂が宿るといわれ、それを木魂(もっこん)と呼んでいます。木魂は、神様がそれぞれの木を通して私たち人間を守り、育んでくれるという思想からきています。ですから、木に宿る魂は、立ち木から材木になり、彫刻や根付に形を変えても同じように引き継がれます。
このように、私たち日本人の心には、木の魂が宿り、木と共に文化を築いてきたのです。今は便利で扱いやすい新素材に目を奪われて、日本人の心である木のぬくもりを忘れがちです。木の文化の減少は、日本人の心の衰退に繋がっていきます。ですから、日本人の心に根づいている木を使った芸術作品を復活させ、木を通して日本人の心を甦らせたいという気持ちが、私を日本木彫芸術文化財団設立へと動かしたのです。木の芸術を広めるためには、まずは裾野から木を使った木彫の若い作家たちを育て、作品の発表の場をサポートし、また、その作品の素晴らしさを世界に広めていくことが、日本木彫芸術文化財団の役割として果たして参りたいと思っております。

日本木彫芸術文化財団の目的である人材育成は、どのような方法で行われていますか?

木の芸術には、版画、彫刻、根付など、いろいろな表現方法があります。その中でも根付は、作る者と使う者とが遊び心を共有して楽しむ芸術品です。「小さくても宇宙を表現できるもの」「木の宝石」ともいわれています。
日本は木の文化の国で、その文化は飛騨の匠から誕生したものです。私たちは、その飛騨の匠の技を専門家だけではなく、一般の方々にも伝えていきたいと思っております。根付の制作は、みなさんが挑戦できる芸術です。根付の人材育成は15年前から、一位一刀彫の作家が一般の方向けに指導を行っています。みなさんに木彫根付の面白さ、奥深さそして個性を見つけて頂くために根付教室を開催致しております。その制作の発表の場として今年で四回を迎える公募展が開催されました。公募展に発表された若手の作品の中には、東京から一位一刀彫の教室に参加して応募した作家もいます。
根付は、一刀彫と違って、細かい作業となります。工芸大学や工芸専門学校などの学生たちは、宝のような存在です。十年後の長いスパンで根付作家として育てたいと思っております。

根付の歴史的な背景について教えていただけないでしょうか?
根付が生まれた江戸時代初期は、日本の着物文化において巾着や印籠、煙草入れなどの提げ物などとして、紐の部分を帯にはさんで携行する際の滑り止めとして使用されたのが根付のはじまりといわれています。当初、木の枝や小さな瓢箪など、身近にあった物が使われていましたが、それらに彫刻や絵付けがされ、徐々に手の込んだ物が作られるようになった江戸時代中期には、根付を専門に制作する「根付師」が登場し、装身具として将軍から大名、武士、町人と幅広い層に使用されていきました。
根付は彫刻作品ですが、装身具の一部して帯の下から通し提げ物を留めるために、できるだけ小さく、丸くすることが必要とされました。また、上下左右どこから見ても遜色なく収まるデザインで、さらに紐通しの穴も必要です。こうした根付を制作する上での制約を守り、実用の完成度の高い技術品として進化していきました。
ところが幕末から明治にかけ鎖国を解いた日本に押し寄せた欧州文化によって、服装も洋服へと変わっていくと実用品であった根付は需要が無くなっていきました。その結果、根付の芸術性を評価し日本文化として認めた外国人により、江戸から明治にかけての優れた根付作品が海外へと流出していったのです。だからこそ、根付に日の目を見る機会をつくっていくことが、日本木彫芸術文化財団の役割だと思うのです。

日本古来の根付と現代木彫根付との違いとは、どのようなものでしょうか?
さきほど根付の歴史に触れましたが、その流れから続けてお話しますと、根付彫刻の世界に転機が訪れたのは、1971年、米国の根付コレクターであるキンゼイ夫妻の来日が大きな誘因となりました。夫妻は若い根付作家たちに、古典を学びつつ現代のセンスや新しい題材を生かした根付の制作を勧めました。これに呼応した作家たちが「現代根付運動」を起こし、独自の根付を作り始めました。
現代木彫根付は今日、日本古来の根付と同等の高い芸術的評価を得るにまで至ったのです。その発展を支え続けた米国の愛好家に加え、近年ではヨーロッパでも現代根付を受け入れる人たちが増えています。それと同時に米国や英国を中心に、外国人の優秀な根付作家が現れて、斬新な根付が誕生しています。そうした作品に触発された根付発祥の地である日本でも、さらに優れた作品が生み出されているんです。最近では、ジュエリーデザイナーやガラス工芸家、陶芸家など、さまざまなジャンルから質の高い根付作品が生み出されています。今後より技術水準の高い、素晴らしい作品が生み出されることを願い、人材育成は大きな原動力となっていきます。

作る者と使う者とが遊び心を共有して楽しむ芸術品としての根付は、今後どのように展開されていくのでしょうか?
根付本来の楽しみ方は、「用即美(ようそくび)」、いわゆる用いて美しい文化を、現代に合ったものに変えていくことが大切になってきます。根付発祥の地である、木の国日本から「匠の技」を世界へ発信し、また現代の感覚に合わせた、新しい「現代根付」を創造していかなければなりません。昔のものを伝えるだけでは今の人に響きません。現代に通じる、いい木の文化を創りたいと思っております。


木のパワー


  森林浴は、樹木が発散するフィトンチッドが、免疫力の向上に働き、細胞活性化を促すといわれています。
木目だけでなく、枝葉のさわめきも「1/fのゆらぎ」があり安らかな気持ちになれます。森林浴は、非日常の環境により雑念を忘れられる転地効果があり、脳波測定・反応速度・唾液中ストレスホルモンの濃度・心拍の変動・心理的調査などを用いたリラックス効果が測定され、森林浴が人間に与える影響の科学的根拠が示されるようになってきました。


  新築の家に入ると、木のいい香がするのを感じられることでしょう。樹木の香りが心を落ち着かせ、リラックス効果をもたらしてくれます。
木の香り(アロマ)は、フィトンチッドという揮発性物質の成分によるもので、桧の匂い、杉の匂いなどの樹木ごとの特有の香りになります。
樹木は、外敵からの攻撃や刺激を受けても避難することができないため、フィトンチッド」を発散することで身を護っているのです。
でも、人に対しては、有益で私たちの生活に広く活用できるといいます。


ワインを樽で寝かせて熟成させると美味しくなるといいますが、木樽は甕(かめ)よりも微生物が棲むのに好都合な環境なのです。
さまざまな酵母菌は、木の繊維や無数の孔の中に棲みついて、日当たりや風通しなど天候の状況によって繁殖します。
木造の蔵の梁や天井にも酵母菌は棲んでいます。
酒蔵によって酒の味が違うのは、蔵つき酵母や家つき酵母がつくる酒に微妙な影響を与えるから、同じ土地でも個性豊かな酒やワインができるのです。木は、酵母を育て、芳醇な銘酒を生みだしてくれます。


 大航海時代、カヌーで海を渡り、新大陸を目指した人々がおりました。
ニュージーランドの先住民族マオリ族は、一族に必ずひとり木のメッセージを受け取れる人間がいるといいます。
そのメッセンジャーは、山へ潜り込み、木と対面して、どの木が一族の大移動にふさわしいカヌーとなる木かわかるそうです。
木の波動は、一族の命を守る大切なチカラだといわれています。

侍の国から生命への感謝と愛


 日本は震災をきっかけに変わりつつあります。人を思いやり、新たな絆が生まれ、自然を愛する人が増えてきました。日本人は、いにしえより自然と共に生き、生物多様性を知り、生活の糧としてきました。先人たちが育んできた自然に対する考え方や文化を理解して、現代に合う形で実践しなければなりません。 生物多様性とは、あらゆる生命がつながり合い、支え合い、生きることをいいます。地球上の生きものは、環境に応じて進化し、多様な生きものが生まれました。確認できているものだけで150万種類あるといわれています。すべての生きものは、ひとつの種だけでは生きることができません。生きものと生きもののつながりの中で、生きています。 2010年10月に行われた「第65回国連総会」で、2011年から2020年を「生物多様性の10年」と位置づけ、国際社会が協力して生態系保全に取り組むことが採択されました。


 地球上には、森林、里山、河川、湿原、干潟など、いろんな自然があります。生物多様性のたくさんの恵みによって、生きものの「いのち」と「暮らし」が支えられています。空から降った雨は、山から川へ、川から海へと流れていきます。雪解け水も同じように、山から川へ、そして海へと流れます。広葉樹の落ち葉から栄養を蓄えた虫たちは、川へ向かい成虫となり、山女や岩魚の生きる糧となります。落ち葉は川を伝い海へと辿り着くと、プランクトンを育て、牡蠣や鮪を肥えさせます。そして、私たち人間が牡蠣や鮪を生活の糧とし、植林したり、間伐を行って山を守ります。自然界は恵みのサイクルで成長し、新たな「いのち」を生みだしています。国土の大半を森で覆われた日本では、いかに自然と調和した生活を送るかが大切なのです。


  開発による生息や生育地の減少や乱獲によって、生きものの種が減少したり、絶滅に瀕したりしています。そしてまた、過疎化や高齢化によって、里地里山などの手入れが不足して、自然の質が低下しています。里山は、水田や雑木林、ため池、鎮守の森など、さまざまな要素がモザイクのように入り組んだ環境のため、昔ながらの生活が自然を支えていました。間伐した木を薪に使ったり、落ち葉を田畑の肥料に使ったり、そういう暮らしが廃れることで、自然が守れなくなっていきます。外来種の持ち込みなどによる生態系の撹乱や、地球温暖化による海面温度上昇で危険な状態にある生きものがたくさんいます。日本の野生動植物の約3割が絶滅の危機にあります。


 日本木彫芸術文化財団では、木彫を広めることで、自然界へ目を向けたり、生物多様性を意識したりする人の心を育てます。それは、木を通して広がる自然界を守る祈りでもあります。木彫を手にした人たちが、癒され、心が洗浄され、木への愛情を感じるようになります。そして、木を育み、植林活動にも興味を示すことでしょう。そうすれば、美しい里山が甦ります。


 人々に永く愛され、世代を超えて受け継がれる芸術文化として、木彫は最高峰といえるでしょう。ガラスや陶器のようにもろく壊れてしまうものや、金属のように錆てしまうものとは違います。その反面、愛情を注がないと朽ちていきます。木彫は芸術でありながら、人間と同じ生きものなのです。古の昔、神社仏閣を造る宮大工として活躍した「飛騨の匠」が生みだした「一位一刀彫」という技。その職人魂は、遠き昔の日本人が持っていた「サムライ魂」を受け継ぎ、潔さと作品に命をふきこむ真摯さが、一本の木を姿ある生きものへと生まれ変わらせる魔法を持っています。



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